経営戦略と経営倫理の観点から考える日本企業の持つ課題点とは?|獨協大学 脇拓也先生にインタビュー

経営戦略と経営倫理の観点から考える日本企業の持つ課題点とは?|獨協大学 脇拓也先生にインタビュー

獨協大学
脇拓也先生


2003 年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、新卒で金融機関(農林中央金庫)に入庫し、約19年間勤務しました。そして、2022 年 4月より横浜商科大学准教授を経て、2023 年からは獨協大学准教授として勤務しています。35 歳の時、思い立って埼玉大学社会人大学院で勉強を始め、経済学修士を取得し、その後、多摩大学院博士課程を経て、慶應義塾大学 商学研究科博士後期課程満期退学。

約19年間の金融機関勤務では、マイナンバー対応やサステナビリティ対策などコンプライアンス部門や管理部門のキャリアが長いです。

現在の専門は経営戦略と企業倫理・経営哲学などを研究しており、特にダイナミック・ケイパビリティ戦略、サステナビリティ戦略、不祥事研究や行動倫理学などの研究を行っています。大学での教育活動は、経営戦略論を主に担当しつつ、経営管理論、コンプライアンス論等の講義も行ってきました。

1.日本企業のはらむ様々な課題点とは?

Q.現代の日本企業には様々な課題があると思います。

脇先生は経営戦略や経営倫理の視点から研究をされていますが、その要因についてどうお考えでしょうか?例えば競争優位が失われたなどの問題があるのでしょうか?

分かりやすい指摘として、世界中の企業の売上高ランキングとして有名なフォーチュン・グローバル500に掲載されている日本企業がピーク時で150社近くあったが、現在(2023年時点)では40社程度に減少していること、さらにはGAFAMと呼ばれるようなビックテックカンパニーが日本では誕生していないことなどが言われます。

日本企業の競争力の低下には、様々な課題があるといわれていますが、一方で「ものづくり白書(2023年版)」でも言われているように、最終製品の売上高やシェアは、アメリカ系の企業に比べて低いとの指摘があるものの、我が国の製造業においては200超の品目で世界シェア60%以上を獲得し、特に部材や素材といった分野での強みがあるのも事実です。また、経済産業省が定期的に発表しているグローバルニッチトップ企業(直近では2020年発表)を見ても、特徴ある技術を持つ日本企業が存在していることがわかります。

ご指摘いただいたように「競争優位が失われている」という問題もあるかもしれません。ただし、競争優位には様々な切り口がある事に注意が必要です。そもそも競争優位の定義は、研究者やコンサルタント等によって様々に定義されており、それこそ本の数だけ存在するからです。私は「企業が、何らかの技術や資源等により、競合他社に対して競争上の有利な状況を確保できていること」と捉えていますが、競争優位を生み出すための要因や方法等については企業・業界によって様々であるため、一言では答えることが難しいです。

日本企業において、競争優位が低い要因はいろいろあると思います。例えば、企業の構造上の問題やイノベーティブな製品・サービスを提供できないといった商品開発力の課題があるかもしれません。その他、サプライチェーンの課題、人材確保や雇用の問題、デジタルトランスフォーメーションの遅れなど、様々な課題を見つければきりがありません。

そのうえで、我々が考えなければならないことは、「日本企業の競争力が低下した」「GAFAMのようなグローバル企業がなぜ日本には誕生しないのだろうか」という素朴で直観的な問題意識は大事にしつつも、その問題意識だけでは解決に結びつかないことを知ることです。原因分析は単純ではなく、さらには対応方法も地味で地道な方策が多いと考えられることです。こういうことを言うとよく残念に思われますが、「こうすれば全て解決します」といった魔法のような方法は存在しないと考えています。(魔法があれば、とっくに、私も何かしら起業して稼いでいるでしょう(笑))


2.日本企業のもつ課題点についての考えと解決策について

Q.脇先生は、上記1で捉えた視点に対して、どのような視点から研究をされていますか?

私は、「経営戦略の考え方」と「組織不正や失敗」「組織の変革や生き残り」の視点を併せた研究、つまり経営戦略と経営倫理の両輪で研究を行っています。

私は、直心影流という剣術を稽古しているのですが、江戸時代の大名で剣術家でもあった松浦清山という人の言葉に「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」というものがあります。(野球の野村克也監督が使った言葉としても有名ですね。)

この言葉の意味としては、勝つ場合には理由がわからない場合もあるが、負けた場合には、必ず何らかの原因があるということです。

経営の視点でも、偶然に新しい商品がヒットした、タイミングが良かったという成功事例があります。もちろん、企業として周到に準備をして、種を蒔いていたからヒット商品の誕生に結び付くということもあるのでしょうが、再現性が困難な成功もあるわけです。結局、地道に各企業が種を蒔き続けるということが成功にとって重要と考えます。

また、競争優位を確立するためにイノベーションが大事だ、競合他社に模倣されない製品やサービスの開発が重要だといっても、確実にイノベーションを起こせる保証はありませんし、模倣困難な製品やサービスを生み出すことも容易ではありません。

一方で、組織の不正や失敗等について検証し、学びそして、改善していくことは、成功の種を蒔くことと同様に重要です。組織の不正や失敗には必ず何らかの原因があります。自社の問題ではない環境上のリスクでも、少なくとも、問題の所在を明らかにすることが出来ます。

特に、近年、様々な企業や組織での組織不正が続発しています。日本が強いとされてきた製造業分野のトップ企業による品質改ざんなどの組織不正が発生しています。教育機関やエンターテインメント企業などによる不祥事も発覚しております。

2000年代以降、内部統制システムの法整備やコーポレートガバナンス・コードの導入など、ガバナンス・内部統制・企業倫理、さらにはコンプライアスなどの重要性が認識される現代において、むしろ組織不正が増加しているという「矛盾」について強い関心をもって研究を続けています。

その原因は多岐にわたり、ここで全てを書くことはできませんが、少なくとも不正や失敗に関する研究の意義としては、企業として避けたほうが良い行動を注意深く検証し、極力そのような行動を減らすこと、さらには失敗から学ぶ姿勢を身に着けていくことの重要性を示すものです。不正や失敗を好意的に捉えるならば「企業は何らかの活動をするから、時として不正や失敗を起こしてしまう」のであり、言い換えれば「積極性の証」でもあります。

当然、倫理的に問題のある不正は起こしてはならないし、仮に起きた場合には反省し改善する必要があるのは言うまでもありませんが、良い意味で「失敗から学び、果敢に挑戦する」ことが重要と考えます。そのための「心理的に安全な組織」を構築することによって、企業として行動や挑戦しやすい組織づくりによって、大小さまざまなビジネスの種を蒔き、育てていくことが重要であると考えます。


3.日本企業に必要な視点とは?て

上記2でも考察したように、「これだ!」「これだけやれば大丈夫!」という確実で唯一の方法は有りません。そのうえで考えるならば「失敗から学ぶ柔軟性や多様性を戦略に重んじること」「変化し続けること」が重要であるとの視点から研究を続けています。

例えば、現代の日本では、ガバナンス・内部統制・企業倫理などの重要性が意識されているにもかかわらず、不正が発生し続ける要因の一つには、これらのガバナンス・内部統制・企業倫理が、組織として「仕方なく対応すべきもの」いわゆる「コストの視点」から捉えられているため、根本的に組織改善をするインセンティブが足りないと考えます。

しかし、組織不正を防止し失敗から学び続けるということは、本来は企業の維持や発展、成長において必要不可欠であり、経営戦略の最重要な位置づけで捉えることが重要と考えます。つまり、全社戦略の視点から失敗に強い組織づくりをすること、多様性やガバナンス・内部統制・企業倫理を広く徹底させていくことが重要と考えます。

そして「不正や失敗に対しての再発防止や原因究明」をネガティブな営みとしてとらえるのではなく、気付きや価値発見、組織の発展等の視点から捉える必要があると考えます。

次に、変化し続けることの重要性です。近年「ダイナミック・ケイパビリティ」や「両利きの経営」などが話題になっています。そのうち私が研究しているダイナミック・ケイパビリティについて紹介します。ダイナミック・ケイパビリティとは、企業経営者が環境の変化によって企業が従来のまま活動できない状況に直面した際に、自らの能力や資産(ケイパビリティと呼ばれる)を大胆に再構築し直すことによって、従来とは全く違う価値を生み出しながら環境に適応していくためのフレームワークです。
ダイナミック・ケイパビリティを提唱するカリフォルニア大学バークレー校のティース教授(D.Teece)によると、経営者が環境の変化を知覚(Sensing)して、自らの企業の資産をゼロベースで捉え直す(Seizing)、そして、大胆に組織を再構築する(Transforming)という3つのステップによって、企業が環境に適応して従来とは全く違う方法で価値を提供して生き残っていくということが考えられます。

以上「失敗から学ぶ柔軟性や多様性を戦略に重んじること」「変化し続けること」について考察しましたが、その土台として、人間の合理性や倫理観には限界があるという、限定合理性や限定倫理性に立った組織づくりをすることが重要であると考えます。人間は神様ではないので、将来を完全に予見することもできませんし、即座に最適解を求めることもできません。つまり、どれほど合理的かつ倫理的に振舞っても失敗や不正を起こしてしまうという自覚が必要と考えます。

だからこそ、失敗から学ぶ、変化し続けるという視点を企業が持ち続ける必要があると考えています。今回お話している内容は、「こうすればよくなる」といった何らかの解決策を提示しているものではないため、解決策が知りたい人にとってはがっかりするかもしれません。しかし、現状の中で必要な視点を共有させていただいたのは、今の企業にとっての足腰や土台となる考え方の一つであると思います。

そのうえで、SDGsやESGなどの社会課題解決に対応するためのサステナビリティ戦略の構築や、厳しい環境変化の中で、日本企業がグローバルルールの形成にも関与していくといったルール形成戦略もまた重要であり、私が今後研究したい分野でもあります。